「そういえば最近見なくなったね。」

何かしらメディアを観れば必ず目にしていたのに、気が付つけばまったく見なくなったね。という、どこか物悲しい台詞だ。

もしこの台詞を口にしたのなら「流行り」が「廃れた」ことに気がついた瞬間といえる。
そもそも流行りは必ず廃れるのだ。実に興味深い。

何かしら流行るには、まず一定の人数が必要だ。グループには世界レベルのものから友達レベルまで、大小あるだろう。
人間は基本的にいくつものグループに関わって生きている。(孤立した人間は流行りと無縁だ)

グループの中で流行りに飛びつくのは「他者と異なることに優越感を抱く」人物だ。
何かしらのメディアで目にした「流行り」を始める。まだあまり知られていないことや、知っていてもまだ誰も取り込んでいないことが望ましい。

さらに「仲間に追従したい・受け入れられたい」衝動が関係する。自分が憧れるグループ、もしくは属しているグループでこの衝動は活性化する。そうして伝搬していった流行りは独特な陶酔感を生み出していく。

流行りとは「差別化することで、優越感、仲間との一体感、特別でありたいと望む心理」が集団で働く現象と言えるだろう。

流行りを取り入れる人間が増えていくほど、優越感が満たされなくなっていく。つまり増えるほど減る。なるほど。これが廃れる理由だ。

みんなが同じことをする頃には、とっくに流行りは終わっている。他と差別化したいから流行っていたのに、みんながやるようになったら差別化どころでは無い。もはやスタンダードだ。みんなと同じ行為に苦痛を感じる人もいるだろう。これが「ダサい」と思わず口にしてしまう台詞の正体である。

流行とは
時代遅れになるものよ。
 ココ・シャネル 

このサイクルを意図的に作り出しているマーケティングは沢山ある。
特にわかりやすいのは「ファッション(アパレル)」と「一発屋芸人」の業界だ。毎年必ず違う流行りをメディアが作るのだ。

流行りばかり追いかけると非常に危険だ。意味もわからず、流行り廃れの終わり無きサイクルに振り回されることになるだろう。

絶対「廃れない」方法を見つけた。
それは「流行らせないこと」だ。

流行らなければ、けして廃れることは無い。

(悲しいけど)この「MARU-ch」サイトは、絶対に廃れることは無いということだ。