「ぼっち」とは独りぼっちのことだ。そう聞くとあまり良い印象を受けないかも知れない。
しかし「孤独」は良いことで、極めるべきスキルだと言ったら、どう思うだろうか。

「孤独」を辞書で調べると、他の人たちと接触、関係、連絡、が無い状態と書いてある。なるほど、完全に孤立した状態だ。

今回は「自ら孤独を選ぶ」メリットについて考えてみようと思う。
ロンリネス(loneliness)ではなく、ソリスト(soliste)だ。

今ほど「完全な孤独状態」になることが難しい時代は無いと思う。

外に出ようが、室内にいようが、毎日大量の情報が入ってくる。
ひとりで過ごしていても、ついスマホを片手にSNSやゲーム、漫画を読んだり動画を観たりしてしまう。

何かしら情報と接している時は、他の人たちと接触、関係、連絡、がある状態といえる。
つまり独りであってもSNSをチェックしたりテレビを観ている時などは「本当の孤独」とはいえないのだ。

情報は見聞きしただけでは、あまり役に立たない。
目の前の情報に、驚いたり、笑ったり、泣いたりして、瞬間的に反応しているだけと言えるだろう。
もしかしたら次々と流れてくる情報を、ただ口を開けて見ているだけ…の可能性すらある。

情報はまず有益かどうかを判断し、もし必要なら時間を割いて沈思黙考しなければ役に立たないのだ。

孤独は知恵の最善の乳母である。
 マックス・シュティルナー 

自分のものにした情報は知識となり、いざという時に的確な判断力の材料として活用できる。
「人生は選択だ!」と昔のCMで言っていたが、本当に賢い人とは、どんな時でも的確な判断ができる人のことだ。

食事をしたあと消化する時間がいるように、知識も取り入れたあとに消化して吸収する時間が必要なのだ。
知識を消化するためには、気を散らすものから離れて、独りぼっちになってそのことに集中して熟考する必要がある。

知識を消化しないままでいると、頭でっかちになってしまい、簡単な選択でもミスをして転んでしまうかもしれない。三國志に出てくる馬謖なんて博学多才と評されながらも、いざという本番の大切な選択に失敗して首を切られてしまった代名詞のような存在だ。

と小難しいこと書いておきながら、ひとりの時間になると つい映画やアニメを観て孤独を紛らわせてしまうから困ったものだ。